2ちゃんコピペ

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借金は身を滅ぼす①




この話は、主人公などの名前以外はすべて”事実”です。

<創刊にあたって>

はじめまして。このメルマガは「借金をしている人」「借金を考えている人」たちに是非読んでいただきたいです。
というのも、作者である私は「借金によって身を滅ぼした1人」だからです。
この「メルマガ」は「1996年4月」から物語がスタートします。
最終回は「2002年5月」です。
この「7年間」に作者は、「400万円」を超える借金をしました。
そして、最終回いったいどのようなことが起きるのか?
作者である私は今どこからこの「メルマガ」を書いているのか?

すべては最終回「2002年5月」で明らかになります。


<人物紹介>

 名前:松下一樹(仮名)
 生年:1976年生まれ
 地元:広島
 経歴:中学・高校と学業の成績は常に上位。
部活はバスケット。
大学は仙台の国立大学。

     
<1996年4月>

地元・広島から大学入学のため仙台に出てきた俺・松下一樹(仮名)
大学の入学式も無事終わり、友達も何人かできた。
大学は「某国立大学の経済学部」

アパートは4階建てで、部屋は3階の角部屋。
・家賃:55,000円(共益費込み)/月

最初の1ヶ月は、街と大学に慣れるためにバイトはしなかった。

・親からの仕送り:120,000円/月
 ※ここから家賃を払う。

・奨学金:40,000円/月

この頃はまだ「ポケベル」が全盛である。
(携帯を持ち出すのはまだまだ先)
・ポケベル代:約3,000円


<5月>

GWが終わった頃、バイトを探すために某アルバイト紙を買う。
「まかない」がでるアルバイトが希望だったので、近くの「そば屋」に電話する。
店の人:「ごめんね。もうバイト決まっちゃたんだよね」
またアルバイト紙を見てみる。
すると、アパートから5分くらいの「パチンコ屋」でバイトを募集していた。
私:「すいません。バイトを募集していますか?」
パチンコ屋の人:「じゃあ、今週の土曜日に来てくれる?面接するから」
私:「はい、分かりました」

結局、このパチンコ屋で大学時代の3年半バイトをすることになる。
・バイト代(パチンコ屋):1,000円/時間
 ※月で大体10万円前後になった。


この頃は、大学のバレーボルサークルにも入り、大学生活を楽しんでいた。
しかし、一人暮らしは暇な時間が多い事実にも気づく。

そして、借金の最大の原因である「パチスロ」の世界にはまっていく・・・。


<1996年5月現在>
 ・借入先:0件
 ・借入金:0万円
 ・毎月の支払い:0円



<1996年9月>

下にあるのは9月の私の通帳明細。

      お支払い   お預かり    差引残高
08.09.12         250,000     271,263
08.09.13  50,000             221,263
08.09.14  30,000             191,263
08.09.14  20,000             171,263
08.09.15  40,000             131,263
08.09.16  20,000             111,263
08.09.17  70,000             41,263
08.09.17  25,000             16,263


9月17日の時点で気づく。
「あっ、大学の学費を使ってしまった!!」

9月12日に大学の学費25万円(半年分の学費)を通帳にいれたのだが、
1週間も経たずに残高が2万円を切っている。
しかも、すべてパチスロ(パチンコも少々)で負けていた。

「どうする?」
不安になる。
いや、不安というよりも、先が見えない。
「おれにどうやって25万円もの大金を稼げるんだ?」

学費の銀行引き落としは、9月27日。
リミットはあと「10日」

人生で初めて「お金の工面」をする。
1、パチンコ屋のバイト代が25日に入る。→10万円
2、ゲームやCDなどを売る。→2万円

※25万円-(10万円+2万円)=13万円

あと「13万円」・・・。


頭の中をよぎる、「サラ金」の3文字。
「でも、おれ学生だし。学生は借りられないんだよな」

その時アパートのポストに入っていた1枚のチラシ。

 『学生・主婦・フリーター 50万円まで審査無し』

「学生でも借りれるんだ」
このときは一瞬これを「神様」だと思った。助かったと思った。

しかし、僕は「地獄の入り口」に立っていたのだった。



<1996年9月現在>
 ・借入先:0件
 ・借入金:0万円
 ・毎月の支払い:0円



             <1996年9月・PART2>

1996年9月。
大学の学費をパチスロで使ってしまい、途方に暮れる俺。
「13万円」がどうしても今週中に必要だった。
そして、ついにどうしようもなくなり、「借金」という安易な考えにたどりついてしまう。


そんなとき、1枚のチラシが目に入る。
 『学生・主婦・フリーター 50万円まで審査無し』

「助かった」と思い電話する。

俺:「すいません、チラシを見たんですが・・・」
男:「(無愛想に)何歳ですか?」
俺:「20歳です」
男:「学生?」
俺:「はい」
男:「いくら借りたいの?」
俺:「できたら15万円くらい・・・」
男:「(かなり無愛想に)今まで消費者金融とかで借りたことある?」
俺:「いえ、1度も無いです」
男:「じゃあ、今から動ける?」
俺:「あっ、はい。大丈夫です」
男:「どこにいるんだっけ?」
俺:「仙台です」
男:「じゃあね、印鑑と健康保険証を持って、今から言うところに行ってくれる?」
俺:「分かりました」
男:「着いたら、もう一回電話ください」

俺:「着きました」
男:「そこに『武富士』さんあるでしょ?」
俺:「はい」
男:「今、こっちでデータを書き換えておいたので、そのまま行ってもらえればお金を借りれますので」
俺:「えっ?お金を貸してくれるんじゃないんですか?
男:「いや、違いますよ。借りれる所を紹介するだけですよ」

今考えると、これは「紹介屋」といわれるものだった。
結果的に「30万円」の限度額を勝ち取る(?)ことができた。
そして、その「紹介屋」に「5万円」を振り込んだ。

「ま~、学費も払えたしOKとしよう」
かなり簡単に考えていた。

しかし、「武富士」さんと6年も付き合うとは夢にも思っていなかった・・・。

そして、加速度的に借金は増えていく・・・。


<1996年9月現在>
 ・借入先:1件(武富士)
 ・借入金:20万円
 ・毎月の支払い:15,000円



<1996年10月~1997年1月>

9月につくった「借金20万円」。
毎月4万円ずつ返していくと、4万円×5ヶ月=20万円。
「完済」するのである。

「なんだ、簡単じゃん」

しかし、実際は簡単ではなかった。
10月は、がんばって「4万円」を返済した。
11月は毎月返済額「1万5000円」。
12月も毎月返済額「1万5000円」。

20万円-4万円-1.5万円-1.5万円=13万円。

う~ん、順調だ。しかし、これには続きがある。

13万円+3万円+3万円+1万円=20万円

返済した分(7万円)を、12月にお金に困って借りてしまったのだ。
結局、12月になった時点でスタートに戻ってしまっていた。

「ま~、大丈夫でしょ。12月・1月は大学も冬休みだし、バイトの時間を増やそう!!」

本当に12月・1月は働いた。
パチンコ屋にクリスマスも正月も無い。逆に「稼ぎ時」なのである。

12月:200時間(バイト時間)
 1月:150時間(バイト時間)

(200時間+150時間)×1,000円(時給)=35万円(バイト代)

「35万円」は学生としてはかなりの額だ。
にもかかわらず、お金は無かった。
借金も返済できていなかった。

「パチンコ屋」で働いた金を「別のパチンコ屋」に捨てていた・・・。


でも、この時期は楽しかった。
大学の友達とコンパしたりスノーボードに行ったり。

「借金」とは上手く付き合えると思っていた。

しかし、1997年は「人生で最悪の1年」になっていく・・・。


<1997年1月現在>
 ・借入先:1件(武富士)
 ・借入金:20万円(全く減っていない)
 ・毎月の支払い:15,000円



<1997年2月~1997年3月>

この頃は大学のテスト期間中のため、パチンコ屋のバイトがあまりできないでいた。
当然、バイト代もいつもの半分くらい(4万円)しかもらえず、生活費が逼迫し、
家賃も滞納気味だった。

財布の中には、限度額いっぱい使っている「武富士」のカードが1枚入っている。
なんの意味も無いカード。
もはや「返済」の時にしか使わないカード。

「もう1枚カードを作ろう」
「今度は限度額の中でお金を出し入れできるようにしよう」

今考えると、そんな自分への言い訳を何度も考えていたかもしれない。

そして、手に入れた2枚目のカード、「DCキャッシングカード」。
このカードを簡単に説明する。
これは、毎月限度額5万円借りて、借りた分は翌々月1回払いの「キャッシングサービス」と、毎月1万円支払う「ローンサービス」(限度額10万円)の二つのサービスが利用できる。

カードのデザインがちょっとかっこ悪いが、簡単に手に入ったので良かった(助 かった)。

しかし、カードが届いた日、ATMであっさり5万円借りた。
その5万円はパチスロであっさり飲まれた。
いつものパターン。

「支払日は翌々月だから、まっ、いいか」

3月になると、また5万円借りることができた。
そして、またパチスロに投入する。
朝早く起きてパチスロに行くのが、すごく楽しかった。
朝8時に起きられないと思うと、夜寝ないで行ったこともたびたびあった。
でも、そのときは楽しかった。

しかし、負けた日はすごく憂鬱になり、
「もう、パチスロはやめよう」
何万回も思った。紙にも書いた。
でも辞められない。
次の日になると、パチンコ屋に行きたくてしょうがないのである。

「病気」

この「DCカード」が「毎月5万円の返済」という重い障害だった、と気づいた時、なんとなく将来が見えなくなっていた・・・。


<1997年3月現在>
 ・借入先:2件(武富士,DCカード)
 ・借入金:30万円
 ・毎月の支払い:65,000円



<1997年4月>

4月になり、無事に2年へと進級した私。

大学2年生になり、なにかが変わった?
いや、何も変わってなかった。
借金が「30万円」に膨らんだことと、好きなものが2つ見つかったことぐらいか。

1つ目は、「ビリヤード」。
大学にはほとんど行かず、朝からビリヤード場にいりびたっていた。
ずっと遊んでてもお金をあまり使わないですむので、金の無い自分にはピッタリの遊びだった。
そして、上手くなるにつれて女の子にモテるような気がしてた。

でも・・・。
もう1つ目がダメだった。

「風俗」

最悪ですね。
「ギャンブル」に「風俗」。
広島から仙台まで来て、いったいなにをしているのか。
親が知ったら泣きますね。
毎月仕送りをして、学費まで払って・・・。
まさかこんなことをしているとは夢にも思ってないはず。

だが、その頃の私の生活は、

「ビリヤード」→「パチスロ」→「パチンコ屋のバイト」→「風俗」

この繰り返し。
「パチスロ」で勝った日は、

「ビリヤード」→「パチスロ」→「パチンコ屋のバイト」→「風俗」→「風俗」

みたいな日もありました。

これで借金を返せるわけがないですね。
返す気が全く無い生活態度です。

でも、「なんとかなるんじゃないかな」
とても安直に考えてた。

『自己破産』『多重債務』『整理屋』・・・
自分には一生関係無い言葉だと思ってました。

そうだ!!
今月もしっかり「DCカード」で5万円借りてます。

結局、「DCカード」は更新が不可になり、カードが使えなくなる日まで毎月借りてました。

 60ヶ月(5年)×5万円=300万円

5年間で「300万円」が行き来してたんだな~って思うと、なんとなく感慨深いです。


<1997年4月現在>
 ・借入先:2件(武富士,DCカード)
 ・借入金:30万円
 ・毎月の支払い:65,000円





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  1. 2009/09/05(土) 18:33:39|
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借金は身を滅ぼす②




<1997年12月>

「金銭感覚」が麻痺してませんか?

わたしはコンビニに行ってもあまりモノは買わない。
おそらく2,000円も使うと、「ちょっと買いすぎたかな?」と少し後悔する。
家にいても、できるだけ電気は使わないようにコンセントをこまめに抜く。

なのに、なぜギャンブルをする?
「1万円」をパチンコで使うのは簡単だが、「1万円」を体を使って稼ぐのは大変
なことだ。

この頃、借金の支払いが近くなる月末には、よく日払いのアルバイトをしていた。
「引越しの手伝い」「線路の枕木(まくらぎ)直し」「工場の清掃」「工事現場の
手伝い」など。
1日8時間くらい働いても、6,000円くらいにしかならない。
2日働いても「12,000円」。
それをパチンコでわずか30分くらいで使ってしまう。

「金銭感覚」が麻痺してませんか?


1度落ち着いて自分の状況を考えてみましょう。

○現在の所持金は?
○次の給料日まであと何日ある?
○家賃や水道代・電気代・カードの支払いは大丈夫?

さあ、どうですか?
この段階で全くお金が無い人は危険です。
当然、生活費(食費を含む)も必要ですね。

「まあ、お金が無くてもなんとかなるでしょう」と思わないでください。
そういう人はあと数ヶ月で身動きができなくなります。

1度、サラ金からお金を借りずにがんばってみましょう。
1日1,000円あれば生きていくには十分なはずです。

借金が無い生活を考えてみてください。
楽しいと思いませんか?
支払日に苦しまなくてもいい生活。

「本当に胃が痛い」「眠れない」・・・。

この頃のわたしは「なんとかなる」と、とても楽観的に考えていた。
今思うと、この時期に一度でも我慢をしていれば、人生は変わっていたはず。


<後悔しても遅い>

<人生は後戻りできない>


そして、1997年12月末。
あの「消費者金融」と契約するのである。


<1997年12月現在>
 ・借入先:3件(武富士、DCカード、アイフル)
 ・借入金:65万円
 ・毎月の支払い:81,000円



<1997年12月 PART2>


「♪♪ラララ、無人く~ん、ラララ、無人く~ん、ララララ♪♪」

そうです。
1997年12月某日、ついに「アコム」と契約しました。

この頃は、「なぜ借金をするの?」と聞かれたら、「お金が無いから」と簡単に
即答したでしょう。

それにしても、あまりにも簡単にカードが作れちゃう。
無人機の前に座って、申し込み用紙に名前や住所、家族構成などを書く。
それを無人機が回収してしばらく待つ。
待ち時間は各消費者金融によって長短ありますね。

以前、「アエル」という消費者金融の無人契約機に行ったとき、『ご意見を書い
てください』というノートが設置してありました。
契約書に記入し終わってから、審査結果を待っている間にそのノート読んでみる
と、同じようなメッセージが・・・。

「審査時間が長い!!いったい何時間待たせるんだ!!」
「1時間待たせて、『今回は見送りさせていただきます』は無いだろ!!」

「まじで?1時間も待つの?」と、不安になる私。
結果、本当に1時間くらい待って、審査はNGでした。

それに比べてアコムは早かった。
やはり会社の規模の問題なのかな?

結局、限度額20万円のカードを作ることができました。
無人機からカードが「ニュ~」って出てきた時、本当に嬉しかった。
なんか「勝負に勝った!!」って感じ。
でも、本当は着実に「人生の敗者」の道を進んでるんだけど・・・。

でも、その時は、これで正月を楽しく過ごせるとすごく安心しました。


生きている中で「お金」さえあれば、最低限の幸せは感じることができると思い
ます。
逆に、財布の中に現金が無いと、すごく不安になります。
どこに行くにしても、何かをするにしても「お金」が無いと何もできません。
そのために借金をしてでも現金はあったほうがいいのか?


もうすぐ、私は「借金地獄」という泥沼に落ちていきます。


<1997年12月現在>
 ・借入先:4件(武富士、DCカード、アイフル、アコム)
 ・借入金:75万円
 ・毎月の支払い:91,000円



<1998年1月>


1月1日。
今年は実家に帰らずに、一人で正月を迎えた。
深夜、近くの神社へお参りに行く。

「今年は、ギャンブルで勝ちますように」

そのまま朝まで起きて、いつものようにパチンコ屋に行く。
そういえば、昨日の12月31日もパチンコ屋に行っていたな。

バイト先(パチンコ屋)の店長と、仕事が終わった後よく飲みに行った。
色々と話をした。
女のこととか、学校のこととか、友達のこととか、将来のこととか・・・。
でも、「借金」のことだけは話せなかった。
「借金」のことを話すと、自分の全てを見られるようで怖かった。
親しい人に「おまえは借金をしている情けない男」と見られるのが嫌だった。
今までと同じ付き合いができなくなるんじゃないか。

「国立大学に通い、将来は一流企業に就職する男」
自分で勝手に貼った「レッテル」をはがすのが怖かった。
「国立大学生」という看板をとったら、何も残らない俺・・・。
本当は「借金まみれのギャンブル中毒」なのに・・・。

今思うと、このギャップに自分で苦しんでいたのだろうか?

自分を周りの人に解放することができれば、もっと早い段階で対処法が見つ
かったかもしれない。

1998年。
1月1日から「パチンコ・パチスロ収支報告書」なるものを作った。
いつ、どこで、なんの台に、いくら投資して、いくら勝った(負けた)かを
記入することにより、お金の流れを把握しようと考えた。

<パチンコ・パチスロ収支報告書>
日付   投資   回収
1月1日 35,000円   0円
1月2日 20,000円   0円
1月3日 22,000円   0円
1月4日 13,000円   0円
1月5日 20,000円   0円

ここで、この報告書は終わっている。
5日間で「11万円」も負けたら、どうでもよくなる。

これで、「アコム」も限度額いっぱい借りたし、また次のカードを作らないと
いけないな。

「今度も無事、カードが作れますように」

<1997年12月現在>
 ・借入先:4件(武富士、DCカード、アイフル、アコム)
 ・借入金:85万円
 ・毎月の支払い:96,000円



<1998年2月>


調子がいい。
全てがうまくいく。
大学の試験も順調で、予想通りに「単位」が取れた。

ギャンブルの調子もいい。
1月の不調が嘘のように勝ちまくる。
負けたときでも、1万円の負けで終わる。(こんなのは負けの内に入らない)
2月が終わった時点で、2月の借金の支払いをして、さらに10万円近く残っ
ていた。
そこに、パチンコ店でのバイト代が10万円近く入る。

「金持ちじゃん!!」

でも、本当は金持ちではない。
借金の総額が「80万円」あるのだから、有り金全てを返済にまわしても、
まだ借金は残る。

ここで「よし、返済にまわそう!!」とは全く思わなかった。
現金で「20万円」持っていれば、なんでもできると思った。

「就職活動も始まるし、パソコンを買おう」
10万円くらいで買えないかな?
電気屋に見に行くと、欲しいと思ったパソコンが15万円近くした。
「ま~、1回買えば5年くらいは使うだろう」
(今考えると、本当にパソコンが必要だったのか・・・)

「でも、現金で買ったら、5万円しか残らないし・・・」
ローンで買えないかな?
大学の生協で実施していた「JCBの学生カード・即日発行」に申し込んでみる。
なぜかすんなり通った。
(信販系とサラ金系の情報機関が違うため、信販系のほうだとまだ私は<キレイ>
だった)
しかも、「5万円のキャッシング枠」付き!!

この「JCB」のカードで15万円のパソコンを買った。
毎月、1万円の支払い。
1万円の支払いなんて、痛くもかゆくも無かった。
(このあたりが既に金銭感覚が麻痺していたのか・・・)

実際に私を苦しめたのは「5万円のキャッシング枠」の方だった。
これは「DCカード」と一緒で『翌々月に一括返済』
そのため、最悪「5万円」の返済が回ってきた。
「DCカード」と「JCB」を限度一杯の5万円をそれぞれ借りていると、
「10万円」の支払いになる。

そして、3月。
勝つ時があれば、負ける時もある。
手元にあった20万円はあっという間になくなった・・・。


そして遂に、月額の支払いが「10万円」を超えた。


<1998年2月現在>
 ・借入先:5件(武富士、DCカード、アイフル、アコム、JCB)
 ・借入金:95万円(ローン含む)
 ・毎月の支払い:106,000円





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  1. 2009/09/05(土) 10:27:19|
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借金は身を滅ぼす③




<1998年7月>

現在、大学3年生の私。
入学してからずっと続けているパチンコ屋のバイトも既に3年目を迎えていた。
バイト先では正社員を使わない方針のため、あれよあれよとバイトの中で一番の
古株になっていた。

大学生になったらどうしてもやろうと思っていたこと・・・。
それは「塾の講師」。

でも、生活の為にパチンコ屋のバイトを辞めることはできない。
そこで、1週間に2・3日の出勤でいい塾を探してバイトを始めた。

塾の先生の仕事は本当におもしろかった。
子供たちとは勉強以外の話もしたし、本を貸してあげたりもした。
塾には、他の大学から来るバイトもいたし、バイト終わりで飲みに行くことも
あった。

ただ、大きな問題があった。
バイト代が安いということ。
時給は「1,800円」と高いのだが、1日で働ける時間が長くて3時間。
ローテーションの問題で、短い時は1時間しかないときもあった。

塾のバイトに行くと、当然パチンコ屋のバイトは減る。
結果的に、バイトの収入が7万円くらいになってしまった。
(今までは、10万円前後はあったのに)

前月までは、パチンコ屋のバイト代で毎月の借金の返済が全部できていたのだが、
今はどうしても「JCB」か「DCカード」のキャッシング分(各5万円)が足り
ない・・・。

延滞だけはしないように、なんとかしないと・・・。

でも、「JCB」の返済が滞り始める・・・。

最初はすごくドキドキした。
実家の親に電話がいくんじゃないかと。
「あなたのご子息が借りたお金を返さないんですが」
「代わりにお金を返してもらえませんか?」

でも、実際、親に電話がいくということはなかった。
10日くらいすると「JCB」から手紙がくる。
『返済日が過ぎています。ここに振り込んでください』という内容。

「なんだ。返済がちょっと遅れても大丈夫じゃん!!」

この考えが後にとんでもないことを引き起こした・・・。

※ちなみに、先月限度枠が50万円になった「アイフル」からしっかり10万円を
 借りています(原因はいつものとおりパチスロです)
 借入額は限度いっぱいの50万円になりました。


<1998年6月現在>
 ・借入先:5件(DCカード、アイフル、アコム、JCB、オリックス)
 ・借入金:120万円(ローン含む)
 ・毎月の支払い:159,000円


<1998年8月>


今月も金が無い。
金が無いことに慣れてしまっている。

でも、パチスロをやるお金はなぜかできる・・・、不思議だ。
CDや本を売ってでも金をつくる。
1万円あればパチンコ屋に行く。
そして負ける。
まさしく「病気」、「ギャンブル中毒」。

部屋の中は、広島から仙台に出てきた時とあまり変わっていない。
テレビ、ビデオ、ベッド、パソコン(これだけ増えた)・・・。
この3年間なにをしてきたのか・・・。

この頃、わざと遠くのパチンコ屋に行くようになっていた。
(理由は無い)
まず、テレビゲームをして徹夜をする。
そして、朝7時頃に家を出て2時間かけてパチンコ屋に向かう。
自転車で行くこともあれば、電車で行くこともあった。
ポケットには、小さい地図と1万円の入った財布だけ。

できる限りお客さんのいないパチンコ屋に入る。
(理由は無い)
人と接するのが面倒くさい・・・。

8月のある日、ふと思う。
「アコムって、限度額いっぱい借りていたかな?」
本当は知っているのに、知らないふりをする。
「アコムの機械が壊れて、借金が0にならないかな?」
そんなことがあるわけがない。

「?」
アコムのATMにカードを入れてみると、前に見たことのある文字が出てきた。

《増額申込み》

「おっ!!」
胸が踊った。
急に緊張してくる。
無我夢中で《増額申込み》のボタンを押す。

《いつもありがとうございます。お客様は増額の申込が可能です。
 現在の限度額20万円から50万円に増額することができますが、いかがいたし
 ましょうか?》

愚問!!!!
もちろん「はい」である。

1分後、「10万円」を引き出した。

なんて簡単なんだろう。
現金で10万円を持つと、なんでもできるように感じ、パチンコ屋に行くことが、
とても馬鹿らしく思えてしまう。
といって、パチスロ以外に時間をつぶす術(すべ)を知らない。
自動販売機で缶コーヒーを買って、パチンコ屋に消える。

この頃、パチスロを打っていても退屈に感じてしまう。
朝9時から夜の11時まで、14時間打ちっぱなし。
これを毎日続けているのだから当然だ。

20~22歳のほぼ半分をパチスロに費やし、借金を増やしていった・・・。


「大学生活って、もっと楽しくて素敵なものだと思ってた」


8月、大学では就職活動が始まっている。

「おれも就職できるのかな?」

なんかどうでもよかった・・・。


<1998年8月現在>
 ・借入先:5件(DCカード、アイフル、アコム、JCB、オリックス)
 ・借入金:129万円(ローン含む)
 ・毎月の支払い:162,000円



<1998年9月>


大学では就職活動が始まっていた。
大学のOBに電話したり、パソコンで会社の情報を調べたり、就職課に行って
相談したり・・・。

「まだいいや・・・」

おれはすごく他人事のように感じていた。
とても就職活動に神経をそそぐ気にはならない。

それはそうだ。
毎月16万もの返済があれば、どんな人間でも不安になるというものだ。
手にするバイト代・仕送りは全て借金の返済へと消えていった。
それでも元金は全く減らない。
「返しては借りる」。
この繰り返しなのだ。

そして、それは突然やってきた。
いつものように「JCB」の返済が1週間遅れて、銀行引き落としではなく、
銀行振込で5万円を返済した。
そして、また「JCB」で5万円を借りようとした時、この文字が出てきた。

「このカードはお使いになれません」

なんだ?
今までも返済が遅れたときは、再度の借入がすこしの期間できないことがあった。
しかし、今回は違う。
2週間たっても、まったくカードが使えないのだ。

「なんで?」

少し不安になり、カードの裏に書かれてある電話番号に問い合わせてみた。

 私 :「すいません。カードがつかえなくなったんだけど」
JCB:「番号と名前を教えてください」
 私 :「○○△△。松下一樹です」
JCB:「少々お待ちください。え~とですね、お客さん、今まで返済が送れてい
     ますよね?」
 私 :「いや、きちんと返済しましたよ」
JCB:「でも、返済が何度か遅れてましたよね?」
 私 :「あっ、はい・・・。そうなると、もうカードは使えないんですか?」
JCB:「お客さんの場合、返済の遅れが何度もありますので、そうなりますね」
 私 :「・・・・・(絶句)」
JCB:「よろしければ、今お持ちのJCBのカードを返却していただきたいんで
     すが」 
 私 :「・・・、分かりました」

その後、JCBの係の人がカードの送り先の住所を電話の向こうで言っていた。
だが、全く聞いていない。
いや、聞こえていなかった。


「まじで?」

それは、まさしく自分の価値が一つ下がったことを意味していた。
世間に「ダメ」の烙印を押された気分。
そして、すごく不安になった。

もしかして、間違ったんじゃないか?
今まで通り、JCBのカードをATMに入れると「5万円」を借りられるんじゃな
いか?

しかし、その淡い期待も簡単に崩れ去った。
街角にあるキャッシュカード専用のATMにJCBのカードを入れた瞬間、シューと
いう音とともにATMに吸い込まれていった。
そして、そのカードは2度と戻ってこなかった・・・。

ATMに出た文字。
「このカードはご使用になれませんので、こちらで破棄いたします」

ああああああああああああああ。

JCBから5万円を借りられないことで、「返済パターン」が崩れた。

仕方が無い、「アコム」で借りて返済しよう。

「借金の返済のために借金をする」

きれいな「借金スパイラル」に陥っている・・・。

就職活動のスーツも買わないといけないのに。
お金が無い・・・・。


<1998年9月現在>
 ・借入先:5件(DCカード、アイフル、アコム、JCB、オリックス)
 ・借入金:133万円(ローン含む)
 ・毎月の支払い:164,000円


<1998年10月>


1998年。
「就職氷河期」。いや、「就職”超”氷河期」

希望する企業に入社することは至難の技といわれていた。
数百社に資料請求をして、返事が返ってきたところにまた連絡をする。
何百枚の履歴書を書いて、面接の練習をして・・・。
大学の同級生たちはそんな普通の活動をしていた。

その頃、わたしは当然のようにパチスロをしていた。
ヒゲもそらず、帽子をかぶり、行く途中で缶コーヒーを買って・・・。

「おいおい。それでいいのか?」
とは、全く思わなかった。

「なんとかなる」
人生を簡単に考えていた。

「とりあえず、スーツを買わないと」
なんとなく思った。
でも、金が無い。

親に電話しよう。
スーツ代ならもらえるかな?

私の親は決してケチではない。
子供を広島から仙台の大学に入学させて、仕送りもしっかり送っている。
親のボーナスの時には、いつもより多めに仕送りが振り込まれる。

そんな、父親の口癖は、
「借金だけは絶対するな」

いったいどこから自分の歯車が狂ったのか。
そんなこと今考えてもしょうがない・・・。

父親に電話をすると、スーツ代と靴代、かばん代として10万円がすぐに次の日、
私の通帳に振り込まれた。

振り込まれた日、その10万円をパチスロで使ってしまう自分がいた。

親不孝。
親不孝。
親不孝。

実家は決して金持ちではない。
母親は缶詰工場のパートで働いている。

「どうしよう。スーツを買う金がない・・・」

3日後、もう一着スーツを買うと言って父親にお金を無心した。

「いいか。2着目のスーツは1着目と色違いを買えよ。交互に着れば、長持ちす
 るからな。」
父親の言葉が心に痛かった。

しかし、その2着目のスーツ代・4万円もパチスロに消えていった・・・。

なんで?
なんでそうなるの?
なんで普通の生活ができないの?


この頃、死ぬのが怖かった。
もし交通事故で死んだら、ちょうど葬式が終った頃に消費者金融から電話がくる
んだろうな。

「アイフルですけど、お宅の息子さん50万円の借入れがあるんですが・・・」
「アコムですけど、お宅の息子さん35万円の借入れがあるんですが・・・」
「オリックスですけど、お宅の息子さん30万円の借入れがあるんですが・・・」
「DCカードですけど・・・」

絶対死ねない。


<1998年9月現在>
 ・借入先:5件(DCカード、アイフル、アコム、JCB、オリックス)
 ・借入金:127万円(ローン含む)
 ・毎月の支払い:164,000円





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  1. 2009/09/05(土) 09:30:37|
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